コラム『ごみは異なもの味なもの』
第2話 - たこつぼから顔を出す
2009/07/07 NPO法人理事長 広瀬立成
一番気がかりなのは、ぼくが物理学――しかも、広い物理学の学問分野の一つにすぎない「高エネルギー物理学」――のプロではあっても、プラスチックについてはまったくの素人である、ということだった。学問の世界では専門化が進んでいて、一つ分野が違うと、そこは他分野の研究者が口出しできない別世界が広がっている。そのような世界に知ったかぶりをして乗り込んで行くことは、学者の仁義にもとるのではないか、という不安が頭をよぎったのだ。
その間、彼女たちは、この地域にある中間処理施設(ゴミを燃やしたり分別したりする施設)には東京・町田市40万市民のゴミが集中処理されていて体の不調を訴えている人が数多くいること、また、この施設に隣接する谷間には大量の焼却灰が埋め立てられており、地下水の汚染がひどいことなどを熱心に話した。当時、杉並区ではプラスチックゴミを圧縮・梱包する施設の周辺で、さまざまな健康被害、いわゆる「杉並病」が発生し、新聞などで報道されていた。もし自分たちの地域にも同じような施設ができれば、ここの汚染は一層ひどくなるのではないか、そうしたら、子どもや孫たちの将来はどうなるのか……ということを彼女たちは心配げに語った。
ぼくはただ、その話を聞いているだけだった。それまで高エネルギー物理学者という「たこ壺」生活にすっかり馴染んできたぼくにとって、「ごみは異なもの」でしかかありえなかった。そのごみがやがて「味なもの」に変わっていくのであるが、その道程はおいおいお話することにして、ここでは、彼女たちの話が妙に新鮮で、知的好奇心をくすぐるものであったことをのべておこう。
いろいろ考えたあげく、ぼくは「まあ、話だけでも聞いてみるか」といった軽い気持ちで、週末の説明会に出席することにした。
たこ壺から顔を出してみると、そこでは驚くばかりの光景が展開していた。市の関係者7人ほどが顔をそろえ、慇懃無礼な挨拶が終わるやいなや、住民側から、施設の安全性についての質問や、ゴミ処理施設がこの地域に一極集中することへの不満が、矢継ぎ早に飛びだしたのだ。これに対して、市側は「安全性には問題がないから、建設にはよろしくご理解を願いたい」と繰り返しつつ頭を下げるばかり。ごみ問題にまじめに向き合おうとする市民の姿と、市民の意見をいなそうと必死になる行政。ぼくはこの会議で大きなカルチャーショックを受けた。
それ以来、プラスチックをふくむゴミ問題が、なぜもっと科学的に議論され合理的に解決できないのか、そして、市民も行政もともにゴミの排出者でありながら、なぜこのように真っ向から対立しなければならないのか、という疑問が頭を離れなくなった。
