コラム『ゼロ・ウェイスト日記』

ごみと持続社会

2011/10/30  NPO法人理事長 広瀬立成


(本コラムは、日報アイ・ビー社の月刊誌『月刊廃棄物』の2011年9月号に掲載された巻頭言を再掲載したものです)

ごみは社会を映す鏡

 人間は生きているかぎり、かならずごみを出す。あらゆる製品は、作られたその瞬間から、ごみになる運命を負わされている。けれども、多くの人は、ものを作ることには夢中になるが、それがごみになったときの処理にはほとんど関心を示さない。そして、大量の有害ごみが廃出されても、適切な対処の方法が分からず右往左往する。その典型が、2011年3月11日に起こった原発事故。1966年、東海村で日本初の商用原子炉が運転を開始したとき、だれが、このような放射能ごみによる悲惨な事態を予測したであろうか・・・。

 ごみは社会を映す鏡だから、ごみに目を向けることによって、その社会に内在する課題が見えてくる。20世紀後半、日本社会では3種のごみ、「一般ごみ、放射能ごみ、有毒ごみ(水俣病の原因)」が排出され、環境に大きな被害をあたえてきた。これらのごみはいずれも、物とエネルギーの大量生産・大量消費により、私たち日本人が、執拗に追い求めてきた物質的豊かさの代償である。

 3種のごみの中で、一般ごみは、有毒ごみや放射能ごみにくらべると、やや社会への影響が弱いように見受けられるが、そうではない。個人が出すごみは大したことはなくても、日本全体では、年間、約5000万トン(東京ドーム136個分)という莫大な量になる。しかも私たちは、ごみの処理に、毎年、一人平均16000円、日本全体では、2兆円にものぼる税金を払いつつ温暖化に加担している。

 家庭からでるごみは、野菜くず、食べ残しなどの「生ゴミ」と,プラスチックに代表される工業製品に大別される。この2種類のごみは、持続性の視点から、まったく異なる振る舞いを示す。


持続性の核心

 生物起源の生ごみは、燃やせるごみの40%をしめ、発熱量の高いプラスチックや重油を添加して燃やされている。このような処理は温暖化ガスを放出するし、また、有害物質の発生にもつながる。さらに、生ごみは堆肥として野菜の生育に役立つのに、燃やすことによってその役割をみすみす捨ててしまっている。

 生物は、植物(生産者)、動物(消費者),菌類(分解者)に大別されるが、3者の緊密な協調によって、物質は過不足なく、しかも永続的に循環する。生命の歴史は、1万年たらずの文明の歴史にくらべれば、永遠ともいうべき長い時間に相当する。生ごみは大地に返すことによって、たえまない物質循環の輪にくり込まれるが、これこそ正しく持続性の核心ということができる。持続社会は足下にあるのだ。

 他方、プラスチック製品に代表される人工ごみは、枯渇性資源としての石油からつくられ、結局燃やされ埋められ、環境に負荷をあたえている。物理学の基本法則「物質不滅の法則」は、ごみは、燃やしても埋めても、その総量が変わらないことを示している。


持続社会へ歩を進める

 「ごみになるものを作らない、ごみを燃やさない、埋め立てない」は、持続社会を創るための重要な指針である。2009年3月「町田市一般廃棄物減量等審議会」は、この指針にそって、生ごみの全量(100%)資源化を決定した。42万都市まちだが、市民と行政の緊密な協働によって、浪費社会から抜け出し、もったいない社会へ歩を進めることを切に期待する。

 だれもが,どこでも、いつでも出すごみ。私たちは、日常生活のなかで、ごみに真摯に向き合うことによって、持続社会に一歩近づくことができるのだ。