コラム『ごみは異なもの味なもの』

第13話 - 熱の正体

2009/11/16  NPO法人理事長 広瀬立成


 コーヒーブレイクを織り交ぜて、ごみ問題をいろいろな視点から考えてきた。読者から、ごみと物理学の話はユニークで興味深いからもっと続けてほしい、という意見も寄せられている。そこで、もう一度本筋にもどすことにして、環境問題を理解するための物理法則についての考察を深めることにしよう。


 18世紀後半、ドイツのバイエルンの兵器工場で、イギリスの科学者B.J. ラムフォード(1753—1814)が働いていた。かれは、大砲の中ぐり作業において、砲身が短時間のうちに非常に熱くなること、その際、削りくずは、砲身よりはるかに高い温度になることを発見した。熱素説によれば、熱くなるのは圧縮によって比熱が下がると考えられていた。とすれば、削りくずの比熱は、砲身の比熱より小さくなければならない(比熱とは、1グラムの物質を1度あたためる熱量であり、比熱が小さければ、一定の熱を与えたとき熱くなりやすい)。

 ラムフォードは比熱を測った。ところが驚くべきことに、削りくずと砲身の比熱は同じ値になることが分かった。ラムフォードは熱が摩擦という運動によって発生すると考えた。こうして熱の運動説は評判をよび、Y. ヤング(英、1773—1829)、H.デービー(英、1778—1829)らが支持することとなった。だが、化学者が中心となって提唱していた熱素説は、J.ドルトン(英、1766—1844)による気体研究の基礎にもなっており、容易にくつがえされることはなかった。熱素は計量できないにもかかわらず、1850年代まで化学的な実体とみなされていた。

 運命とは皮肉なものだ。1804年、熱の運動説をとなえるラムフォードは、ロンドンからパリに移った。そこで彼は、熱素説の提唱者ラボアジエの未亡人と結婚したのだ。彼女は、フランス革命で命を奪われた前夫の著作『化学教科書』のなかで、13個の図版を描いた知的な女性で、美人としても評判だったらしい。


 このようにして、熱の本質を探る学問的な研究がつづく一方で、熱を利用して動力を生みだすという、熱機関の技術革新も急速に進んでいた。そのさきがけは、18世紀中ごろからはじまったイギリスの工場制生産における技術革新、すなわち産業革命であった。

 イギリスで世界最初の工業化が進んだ要因は、16世紀中ごろからの木材資源の枯渇と、そのために引き起こされる深刻な燃料危機であった。それは、石炭の組織的利用のための技術革新によって克服されることになった。さらに、石炭の需要と生産が増大するにつれ、炭坑の排水、石炭の輸送などにおいて、効率良く動力を得るための技術的な解決が迫られた。

 T. ニューコメン(英、1663—1729)の初期の蒸気機関の発明と、J. ワット(英、1736—1819)の本格的な蒸気機関(復動式蒸気機関)、すなわち動力機の発明がもたらされた。それは、水力、風力、畜力、人力といった農業社会の基本的動力を超える画期的な動力革命であった。農業人口の割合が18世紀中ごろの70%から1850年には22%に低下したことは、工業化がいかに強力に進められたかを示している。