コラム『ごみは異なもの味なもの』
第18話 - マイナスのエントロピーを食べる
2010/03/31 NPO法人理事長 広瀬立成
エントロピー増大の法則は、あらゆる自然現象に対して、例外なく成り立つのだろうか?
ミストサウナに入ったときのこと。背なかに熱い水滴が落ちた。「あつい」とさけんで天井を見ると、そこにいくつもの水滴がついている。部屋一杯に広がっている水蒸気が、水滴という狭い領域に凝縮したのだから、エントロピー増大の法則に反しているのではないか、と考えたくなるかもしれない。
これと似た現象が生命の活動である。人間などの生命体は、個体として固まりになって誕生し、拡散した食物を摂取しつつ、それを体のなかに固定しながら(細胞という固まりを作りながら)成長する。このような営みは、拡散とは逆の現象で、エントロピーが減少するかのように見受けられる。
エントロピーは小さいほど、仕事をする能力が大きい。生物が常に低エントロピー状態を維持しようとするのは、生物が「生きる」ことの証しなのだ。
このような生命の特質をはじめて指摘したのは、量子力学への貢献でノーベル物理学賞を受けたオーストリアの理論物理学者E. シュレディンガー(1887−1961)であった。かれは、1944年『生命とは何か(What is life?)』を発刊し、生命は「生命がマイナスのエントロピーを食べることだ」と結論した(文献1参照)。そうであれば、生命活動では、エントロピーが減少することをうまく説明できるのだ。かれの慧眼は、生命の本質がエントロピーにあることを見通していた。
エントロピー増大の法則を普遍的なものと考えれば、生命現象を特別扱いするシュレディンガーの発想にはどこかに欠陥がある、ということになる。その点を明らかにするため、上で触れた単純な現象「水蒸気の凝縮」を調べることにしよう。
たしかに、広い範囲に存在する水蒸気が凝縮して水になったのだから、物質の状態に注目するかぎりエントロピーは減少している。そこで、エントロピー増大の法則では、物質とともに熱の拡散(放出)も考えに入れるべきことを思い出してほしい。そう、水蒸気の液化によって、潜熱(540cal/1g)がまわりの環境に放出されているのだ。このことによる熱エントロピーの増大は、液化(水蒸気の凝縮)による物エントロピーの減少を上回っていて、最終的には、エントロピー増大の法則にしたがって液化が進んでいることが理解できる。
目に見える物質の拡散だけ、あるいは熱の拡散だけでは、いずれも不十分。物質と熱の両方の拡散を表わす物理量「エントロピー」という概念によって、あらゆる自然現象がエントロピー増大の法則によって記述されることが理解できる。
水が蒸発するとき潜熱が水蒸気に奪われた。しかし、蒸発が続いているあいだ、水と水蒸気の温度は変わらない。温度が一定であるにもかかわらず熱が伝わったのであるから、この熱は物体(水蒸気)を温めたわけではない。それは、水分子の運動エネルギーに使われたのだ(温度が等しい液体と気体では、気体分子の方が液体分子より運動が激しい)。ちなみに、熱とエネルギーの単位は、次のような関係にある。
これが熱の仕事当量で、1845年、ジュールによってはじめて測定された。
参考文献:E・シュレディンガー『生命とは何か』岩波新書
